英検

中学2年生の春、広島から青森に引っ越して、その冬英検に行く事になりました。

朝起きたら雪がどんどん降っています。わたしにしては初めて見る大雪でした。母に借りた白いゴムの長靴を履いて、むつ市の小さな駅から英語の先生の引率で汽車に乗って、数人の生徒と試験場の学校まで行きました。汽車の窓から見える深林に降る雪は印象的でした。樹も広島とは違っていました。

慣れない土地で大雪の中、まだ馴染めない先生と生徒と一緒に、緊張して英検に行ったので記憶に強く残っています。

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私が疎開した新潟の母の実家も雪の深い所でした。冬が近づくと、一冬用の薪を天井裏に積み上げ、家の周りを雪囲いで覆います。雪は家の軒先近くまで積もるので、外へ出る時は雪の階段を登って出、大人の人が輪かんじきで踏んでくれた跡を辿って学校へ行きます。藁で編んだ雪靴の中に藁を敷き、わらずっとを被ります。教室にはストーブが燃えていて、昼時には、その周りに弁当箱を載せ暖めて食べます。懐かしい思い出です。

ストーブ

ふたばさんは疎開先で、普段とまったく違った生活を体験されたんですね。わたしは両親の田舎が岡山の農家なので、夏休みなどに遊びに行って、普通の住宅地に住んでいる子供では出来ない体験をすることができました。雪国の新潟は、外国くらい別世界だったでしょうね。

わたしの行った小学校は、在校中に創立80周年記念があったくらい古い校舎だったので、昭和30年代の後半とはいえ何と石炭ストーブだったんですよ。学校は給食だったので、お弁当は暖めなかったし、近眼だったのでストーブから一番遠い一番前の席に座っていて、いつも足のつま先が凍えていたのですが、やはり懐かしい思い出です。

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お久しぶりです

そうです、佐藤さんの記憶にある和美です!覚えてくださっていて嬉しいです。佐藤さんは、お姉さまが体操の先生をしていた方ですか?

転校する前日に歌ったのはぜんぜん覚えていません。英語で歌ったなんて何だかキザですね(笑)。雪道の転倒も覚えていません。とかく失敗は本人は傷つくけれども、周りの人たちは気にしていない場合が多いから、これは無理もないと思いますが。

わたしも19歳のころから何年間か、両親と船橋駅の近くに住んでいたことがあるんですよ。なんだか不思議ですね。これからも、よろしくお願いします。そちらのブログのアドレスをお知らせください。

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覚えてます

もちろん、お姉さまのことは覚えてますよ。わたしの体育の先生でしたから。きびきびした良い先生でした。わたしは体育が不得意なので、体育の先生は苦手なのですが、嫌な思い出はないです(笑)。ということは良い先生です。

お父様は有名な画家だと聞いていたのですが、どんな作品を描かれていたのでしょうか。知らなかったのが残念です。当時お父様の見習いみたいなことでもしていたら、立派な画家になれていたのではと思うことがあります。佐藤さんはお姉さまで十分気まずい思いをされていたのに、わたしなどがお宅に出入りしていたら、気まずさの極地になっていたでしょうね(爆笑)。

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Kazumi

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