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オックスの愛ちゃん

昔、ブループ・サウンズが流行っていたころの話です。オックスというグループに、愛ちゃんという可愛い人気の男の子がいました。彼に似た女の子がウエートレスをしているというのを、母がたぶん近所の人から聞いて来て、一緒に見に行ったことをどういうわけか思い出しました。

わたしは中学校1年生か2年生でした。場所はラーメン屋さんだったと思いますが、いました!髪を愛ちゃんと同じように赤っぽく染めていて、愛ちゃんはおかっぱの髪ですが、彼女は耳の横だけ短めで、あとは長い真っすぐな髪です。母とラーメンをすすりながら、「似てるねー」と彼女を目で追いながら感心したのを覚えています。

愛ちゃんはどんな髪型をしていたかなと思って検索していたら、アマゾンが売っているオックスのCDに当たりました。何曲かアマゾンのサイトで聴いてみると、いまだに「ガール・フレンド」や「待ちくたびれた日曜日」を覚えていました。昨日のことは、ほとんど忘れているのに、昔の歌は忘れませんね。

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(2002/09/21)
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昔の話(米国版)My Old Story in US

My memory of Brooklyn is from 30 years or so ago when I visited my friend who was staying there for the work and study program from our college. One of the most interesting experience was seeing 'Scar Face' in the movie theater.

It was the first time I saw people yelling and screaming at the screen. Come to think of it, it was the last time I saw people yelling and screaming at the screen. I would be disturbed by that chaos now, but it was fun in my 20s.

先生の思い出

小学校のころの事をふと思い出しました。わたしが小学校中学年ととき、見習いの若い先生が何日か教えにきてくださっていて、美人だし優しくて人気でした。本来は幼稚園の先生をしていたようで、日曜日でしょうか生徒をみんな招待してくれました。教室を見たり庭で駆け回ったりしていたんだと思いますが、教室で飼っていたリスが逃げてしまいました。一部の子供たちが、「逃げたー!」なんて言いながら追いかけていたのを覚えています。もちろん追いつくはずもなく、先生は怒りもせずみんなをなだめました。

今考えると、わたしが逃がしたわけではないのですが、悪い事をしたなーと思います。先生は、リスが逃げたのに気が付いた時、目の前が暗くなったのではないでしょうか。月曜日の朝、どのように園児に説明したのでしょうか。みんながっかりしたでしょうね。可哀想になります。その先生も60代半ばから70歳くらい。お孫さんもいらっしゃるでしょうね。

庶民の美術

ミカチさんのブログに「落ち穂拾い」を展覧会で見たとあったので、昔見たミレーの絵を思い出しました。

本物ではなく、小学校の時のお友達の家の壁に貼ってあった「晩鐘」のプリントです。額に入れるという事は思いつかなかったのかも知れません。何年もプリントだけペタンと壁に貼ってありました。

昭和30年代の田舎では、それが庶民の美術だったのかなと思います。わが家には、わたしが描いた絵がたまに壁に貼られる意外、絵はありませんでした。

6:4bannshoh

英検

中学2年生の春、広島から青森に引っ越して、その冬英検に行く事になりました。

朝起きたら雪がどんどん降っています。わたしにしては初めて見る大雪でした。母に借りた白いゴムの長靴を履いて、むつ市の小さな駅から英語の先生の引率で汽車に乗って、数人の生徒と試験場の学校まで行きました。汽車の窓から見える深林に降る雪は印象的でした。樹も広島とは違っていました。

慣れない土地で大雪の中、まだ馴染めない先生と生徒と一緒に、緊張して英検に行ったので記憶に強く残っています。

オロオロ、ハラハラした話 - これも約15年前

昔勤めていた会社で、同じ事務所のアメリカ人の愛犬が急になくなりました。とても仕事をする気になれないと言って突然家に帰ってしまったので、わたしが上司に説明するはめになりました。

日本人の上司はいつも彼の事を軽く見ている様子。で、犬のために仕事ができないなんてなると、ますます良い印象は与えないと思って、曖昧な理由を伝えておきました。

結局、誰か他の人が事実を話してしまったんですが、上司は自分も長年飼った犬を亡くした事があるからよくわかると言って問題なし。わたしだけが嘘をついてオロオロ、ハラハラしていたんですね。

驚いた話  ー 約20年前

インディアナ州のインディアナポリスに初めて遊びに行って、主人とギリシャ料理のお店に入って食事をしていたら、急に照明が薄暗くなり、シャカシャカと聞き慣れない音がし始めました。

きょろきょろしているうちに、音楽とともに何とベリーダンサーが出てきて、テーブルからテーブルへと踊って行きます。シャカシャカは、例のダンサーが手にしている楽器?でした。全然知らなかったのですが、ベリーダンサーがある時間になると出演する事になっていたんです。

これは期待していないとかなり驚きます。食事前に近くに座っていた、トレンチコートを着た場違いな女性がダンサーだったんだと、後で気がついたようなわけです。

日本語と中国語

東京の船会社で働いていた時のことです。事務所には、2人台湾人のエンジニアが派遣されていたんですが、お互い片言の英語しかできないから、ほとんど話したことがありませんでした。ある日、口数が少ない方のエンジニアについて、わたしも含めて3人の(当時)若い日本人社員が、船に行くことになりました。行く途中も、彼とはほとんど会話なしです。

彼は封筒を持っていて、その中には、何だか器械の一部みたいなのが入っていました。で、何となく話が(していない話が)そっちの方に行って、彼は説明しようにも英語が出ない様子。日本人チームとしては顔を見合わせるしかありませんでした。

彼はふと考えつき、紙にボールペンで字を書いて、わたしたちに見せました。紙には「分析」とありました。(つまり分析のために船に持って行く)日本人チームとしては、大きく「う~ん、納得」とうなったような次第です。もしかして、彼が中国語を使えることは、会社で見て知っていたかも。でも、実際に会話に使えて、あんなに簡単に意味が通じるとは . . . 。ずいぶん昔の話です。

小包

一人暮らしをしている私に、たまに母から小包が送られてきました。くだらない物も入っていて、苦笑させられました。わかってないなと思うけれど腹は立ちません。

母には、実家から何も送られてきませんでした。父の弟の奥さん(義理の妹)は、距離がもっと遠いのに、実家に野菜をしょっちゅう送ってもらっていて(と聞いていました)、あっちは食費が助かっていると、母はよくこぼしていました。今になって考えると、お金の話ではなくて、何も送ってこない自分の母親へのいらだちと、義理の妹へのねたみだったのでしょうか?

Kazumi

Art Blog by:Kazumi

Etsyというサイトで絵を売っています。
ご質問は日本語でどうぞ。

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